中田英寿

 まあなんだ、ありふれたニュースを取り扱うのは、本意ではないが中田の引退のニュースは少なからず俺の脳内に衝撃を与えたようで、ブラウザを開き、BLOGの更新画面に文字列を並べたいという衝動に駆られてしまった。その衝動の勢いが残っているうちに波形を文章に変換しようと思う。スマトラの津波も飲み込むような波を人語で表すのは難しいだろうが・・・・・・

 中田英寿と俺は一つ違い。中田という人物は、どうしても自分と比較する日本人のマックス最大値な存在だった。世界の最前線で戦う同年代のその男と研究室に缶詰になっているヒヨッコを比べもしたし、国の代表としてリーダーシップを発揮するカリスマと組織に入りたてのペーペーを比べもした。そして、その人間は新たな旅に出るという。さて、自分はどうしたものか、と小一時間考えてしまうのも無理がないというものだ。どうして、こんなに考えてしまうのか。一体、俺たちの中で「中田英寿」とはなんだったのか。

 世界トップレベルの技術を持つ点では中村俊輔小野伸二中田英寿に劣らないし、将来的には松井や平山が一段階上の世界に上るかもしれない。しかし、比べるという行為を頭の中で行うと、心が拒絶する。新たな航路を開く人間が持ちうる精神的なエントロピーを彼の中に感じて、比較という思索をとめてしまう。先駆者に感じる特有の畏敬と神秘性を感じるのだ。彼はジーコのように神にはなれなかったが、日本人の中でジーコの存在を超えていたのだろう。それが100%の力をWCで出せなかった理由だと、後世の日本人サポーターは言うかもしれないな。20年後、WCを掲げる日本代表のヒストリーを見てさ。


 明日からは、NAKATAのニュースでメディアが騒ぎ立てるかもしれないが、目に入れるは余りない。ベルマーレの中田、ペルージャの中田、ローマの中田、パルマの中田、フィオレンティーナの中田、ボルトンの中田、日の丸を背負った中田――それらを同じ時間の中で見てきた人間は、あえて彼の言葉を聞く必要もない。「中田現役引退」、このタイミング、この一文で全てを察したはずだ。公式サイトの文章は補足的情報でしかなく、驚きや感動が湧き上がってくる訳でもない。

でもな、公式サイトでの最後の一言
  ”ありがとう”
――それはないよな。あんたには、まだやることがあるだろう。誰も口に出しては言わないが、期待しているのさ、皆。いつになるかは分からないけど・・・・・・

あと、俺にも一言、言わせてわせてくれ。いつか「おかえり」を言うために。
――「いってらっしゃい」 とね。

【参考】
中田英寿が現役引退 公式HPで発表[yahoo]